中国四川省で発生した大地震に、日本が災害派遣をしたことは新聞で大きく報道されていますが、市川市の消防職員2名が含まれていたことをご存知でしょうか。
市川市東消防署の大川雅史消防士長と、市川市南消防署の高橋昌樹消防士長です。地震発生は5月12日でしたが、2人は5月15日、世界の先頭をきって派遣された日本の緊急援助隊の第1陣に加わって中国に出発し、広元市青川県、綿陽市北川県で4日間にわたり災害救助にたずさわり、漢方病院職員棟で母子2名の遺体を収容、北川第1中学校で13名の遺体を収容、民家で2名の遺体を収容するなどの任務を遂行して5月21日に帰国しました。
帰国後に総務省で総理大臣への帰国報告、解団式などをして、午後5時ごろ市川市消防局に帰り、千葉光行市長に帰国を報告しました。
日本の災害救援技術は世界からも高く評価されていますが、61名の団員の中に市川市消防局から2名もの人材が選ばれたというのは、市川市としても誇らしいことです。これまでにも新潟中越沖地震などにも市川市から団員を派遣するなどの実績もあり、市川市の消防力の質の高さが、政府からも認められているということを示す、今回の派遣でした。
市長への帰国報告には、消防を所管する市議会の総務委員長の立場として、私も出席させていただきました。千葉光行市長からは、「想像以上に過酷な任務であったと聞いていますが、よく頑張ってくれました。これからゆっくりと疲れをとってください。」との感謝の言葉が述べられました。
中国の意向で、派遣自体が遅れることになり、生存者を救出できなかったのは残念でしたが、日本の部隊が中国内でも大変感謝されていることが日本の新聞でも報道されています。特に日本の救助チームが整列して、母子の遺体の前で黙祷をささげる姿が中国の国民に感動を与えたそうです。日本人の心を中国国民の皆さんに伝えるという大切な役割も果たしてくれたのです。
市長への帰国報告では、来賓の1人として私のことも紹介していただき、お2人に直接「ご苦労様でした」と声をかけることができた、私にとっても忘れられない日となりました。