国会の政策スタッフをしていたころ、安全保障政策で薫陶を受けた神田厚先生が、心筋梗塞でお亡くなりになりました。まだ66歳の若さでした。
神田先生が羽田内閣の防衛庁長官に就任されたときには、私を政務秘書官に任命され、防衛庁の中でもご指導いただきました。市川市議会開会中のため、お昼の葬儀には参列できませんでしたが、前日のお通夜にいかせていただきました。本会議終了後に市川市から栃木県真岡市の斎場に駆けつけたときには、午後の9時をまわってしまいましたが、先生の奥様も、「よくきてくれました」と大変喜んでくださいました。
神田先生は政策面ばかりではなく、人間的にも素晴らしい方で、私たち事務局の中で叱られた者が誰もいないほどやさしく、おもいやりのある方でした。人の悪口を言うのも聞いたことがありませんでした。その一方で、お酒が強く、マージャンや競馬などのギャンブルにも強く、いったん決めたら譲らない頑固な一面がありました。地元の益子焼をこよなく愛し、益子焼の文化を内外に紹介され、外国の方や、大切な方々に焼物を差し上げたりされていました。
お体の具合が悪いとは聞いておりましたが、突然の訃報に驚き、ただただご冥福をお祈りするばかりです。